「タイパ」の向こう側で、僕らは「無駄」を愛しはじめる

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日常から、余白が消えていく

いつからだろう・・・。

現代の日常が、これほどまでに「効率」という物差しで測られるようになったのは・・・。

Z世代を中心に浸透した「タイムパフォーマンス」(通称「タイパ」)という価値観。
それは、費やした時間に対する成果を最大化しようとする、現代を生き抜くための知恵であり、生存戦略とも言えるだろう。
映画やドラマは倍速で視聴され、結論から話すコミュニケーションが推奨され、SNSのショート動画が情報の主役となる。
無限に流れ込むコンテンツの洪水の中から、最短時間で「アタリ」を引き当てるための、合理的で賢明な振る舞いである。

しかし、その一方で、不思議な現象が起きている。

手間のかかるフィルムカメラで一期一会の光を捉え、ノイズ混じりのレコードに針を落とす。あえてマニュアル車を選び、自分の手足で機械を操る感覚に没入する。
これらはすべて、タイパとは真逆のベクトルを向いた、おそろしく非効率で「無駄」な時間に思える。

効率化の波が社会の隅々まで浸透する現代において、なぜある種の人々は、失われたはずの「無駄」を、再び探し求め、愛そうとしているのか。

この逆説的な渇望の奥には、一体どのような本質が隠されているのだろうか。

なぜ、あえて「手間」を選ぶのか

Z世代が示すアナログへの回帰。
それは単なる懐古趣味ではなく、彼らがデジタルネイティブとして生きてきたからこその、切実な叫びのようにも聞こえる。

その背景には、少なくとも三つの要因が絡み合っているように思えてならない。

1. ライフスタイル:「つながり」を再構築するための儀式

デジタルなコミュニケーションは、時間と場所の制約を取り払い、圧倒的な自由をもたらした。しかし、その手軽さの裏側で、何か大切なものが失われてしまったのかもしれない。

「好き」を軸に形成される「界隈」と呼ばれるコミュニティでは、同じ趣味を持つ仲間との、深く狭いつながりが重視される。
レコードショップで一枚のアルバムについて語り合ったり、現像したフィルム写真を見せ合ったりする時間。それは、コンテンツを「消費」するだけの孤独な行為ではない。同じモノ、同じ体験を分かち合うことを通じて、そこでは「共感」という名の、温かなつながりが再構築されているのではないだろうか。
非効率なアナログ体験は、希薄になった関係性を再び紡ぎ合わせるための、現代的な儀式なのである。

2. メンタルヘルス:「デジタル疲れ」から心を守るための避難所

四六時中スマートフォンから流れ込む情報、鳴り止まない通知、そしてSNSが加速させる「他人との比較」。人々は、自覚している以上に脳を酷使し疲弊している。

いわゆる「スマホ脳疲労」だ。
この情報過多の状態は、脳の情報処理機能を低下させ、人々から思考の「余白」を奪い去る。

そんな中で、アナログな趣味に没頭する時間は、意識的にデジタルデバイスから離れる「デジタルデトックス」として機能する。
ただひたすらに編み物をする、無心で皿を洗う、手書きで手紙を綴る。そういった一見「無駄」な時間は、脳の特定の領域を休ませ、デフォルト・モード・ネットワークと呼ばれる、創造性を司る神経回路を活性化させるといわれる。

アナログな趣味は、デジタル社会で疲弊した心と脳を守り、自分らしさを取り戻すための一種の避難所のようなものだ。

3. アイデンティティ:「自分だけの物語」を刻むための証

サブスクリプションやシェアリングサービスが普及し、誰もが同じコンテンツにアクセスできる時代。モノを「所有」する意味は、大きく変化した。そんな中で、「流行っているけれど『私だけ』のもの」を求める感覚が、Z世代の間で強まっている。

「良いモノをずっと長く使い続けたい」という、モノへの強い愛着。それは、大量生産・大量消費という価値観とは一線を画すものであり、自分という存在を証明するための、ささやかな抵抗のようにも見える。丁寧に手入れされた革製品、何度も聴き込んだレコード、旅先で作った工芸品。それらは単なる「モノ」ではない。そこに費やされた時間や手間、そして愛情そのものが、持ち主の価値観を反映し、「自分だけの物語」を刻み込む媒体となるのだ。

あなたにとっての「本当の豊かさ」とは

タイパを追求する生き方が、デジタル化社会の必然であることは間違いない。
しかし、その効率化と合理化を突き詰めた先にある、ある種の「虚しさ」に、人々は本能的に気づき始めている。

アナログへの回帰とは、その虚しさを回避し、人間的な豊かさを取り戻そうとする、心の自然な動きなのであろう。一見すると「無駄」に見える時間の中にこそ、創造性や精神的な健康を支える「実利的な豊かさ」が隠されていると考える。

それは、どちらか一方を否定するのではなく、デジタルとアナログの間に、自分だけの心地よい重心を見つける。

これからも、旅路で見つけた「重心の欠片」を綴っていこうと思う。

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